「続・続・最後から二番目の恋」に見る、私たちの今とこれから

「続・続・最後から二番目の恋」に見る、私たちの今とこれから

~更年期世代のあなたへエールを込めて~

「最近、ドラマ観て泣くなんてなかったのに…」
月曜の夜9時、フジテレビの『続・続・最後から二番目の恋』を観ながら、気づけばちょっとしたシーンでも涙がポロポロ流れてます。59歳の千明(小泉今日子)と63歳の和平(中井貴一)が交わす何気ない言葉や、黙ってお茶を飲むだけのシーンに、自分の人生が重なって見える瞬間がある。そんな不思議な感覚を、このドラマは何度も運んできます。

私は今、51歳。更年期の真っ只中。
暑くもないのに急に汗が出たり、夜中に何度も目が覚めたり、疲れが取れにくく朝起きるのが辛い。体調の小さな変化に振り回される日々。だけど、ありがたいことに更年期によく聞く心の変化、ゆらぎや喪失感なんかは一切ありません。

20代の頃は、将来に夢がありました。30代はがむしゃらに働き独立し、さらに働き、走り続け、40代半ばで結果出ずに立ち止まりました。鏡の中にいるのは、気づかないうちに驚くほど老け込んだ私。いつの間にか白髪が増え、シワが増え、抜け毛もひどくなっていました。そしてそこから、全てがマイナスからの人生の立て直し。

自分はどこへ向かうのか悩みながらも這い上がろうと走り続けていました。更年期と関係あるのかないのか、この40代後半には人生に対する焦燥感みたいなものはかなりありましたが50代に入り、肩の力が抜けて、どこか吹っ切れているような、妙に落ち着いた自分に変わってきたんですよね。

そんな私にとって、『続・続・最後から二番目の恋』は、まるで心の伴走者のような存在になっています。

「恋なんて、もう無理」って思っていませんか?

このドラマのすごいところは、“恋愛”を中高年の恥ずかしいものとして描いていないこと。むしろ、年齢を重ねたからこそ生まれる優しさや思いやり、不器用な距離感の中に、若い頃にはなかった“深さ”が描かれています。

千明と和平の関係は、付き合っているようで、そうでないようで…それでも、互いの存在が日常の大きな支えになっている。恋人でも夫婦でもないけれど、「いるだけでホッとする誰かがそばにいる」って、実は一番贅沢な関係なのかもしれません。

私たちは、若い頃のように激しい恋愛はもうしないかもしれない。だけど、心がふっと温まるような出会いやつながりを、あきらめる必要なんてない。

このドラマは、そうささやいてくれている気がします。

「私は何者なのか」仕事を通じて、自分と向き合う時間

千明は、テレビ局のベテランプロデューサーとして、第一線で働いています。年齢的にもそろそろ引き際が見えてくる中、今まで通りには走り続けられない焦りと、まだ「やりたいこと」があるという思いの狭間で揺れています。その姿は、まさに私たち50代女性が直面する現実そのもの。

でも、今回のシリーズで私の心に強く残ったのは、森口博子さんが演じる雑誌の編集マン啓子の言葉でした。彼女は、定年を迎えてすっぱり会社を辞める選択をします。

「名古屋に行った時にある意味あそこがキャリアの最終地点だったんだなって・・・だから頑張って残ったところで居場所がないんだよね。客観的に見て、間違ってないんだよね、これが。悲しいくらいに間違っていなくてーなんかそうなのよ。」

そのセリフに、私は胸が詰まりました。

なぜなら、私自身もどこかで“必要とされたい”“評価されていたい”と思っているから。でも一方で、静かに退くこともまた、ひとつの尊い選択だなと。

「もう頑張らないと決めた」「自分のペースで生きていく」
それも立派な生き方。
人は皆違っていいし、自分にとって納得できる形であれば、どんな終わり方も、どんな続け方も正解なんだと、このドラマは教えてくれました。

仕事を続ける人もいれば、辞める人もいる。
前に出たい人もいれば、静かに暮らしたい人もいる。
どちらが正しいなんて、誰にも決められない。

「もっと働きたい」「もう辞めたい」「しんどいけど辞められない」
そのどれもがリアルな、私たちの声なんです。

「誰かと生きる」という選択肢

更年期になると、パートナーシップの形も変わっていきます。
夫婦であっても、子どもが手を離れ、夫とも“同居人”のような空気になる家庭も少なくありません。シングルであれば、「この先、一人でどう生きていくのか」という不安が大きくなっていきます。

千明は、“誰かと一緒にいる”ということの意味を問い直しています。
それは恋愛関係や婚姻関係だけじゃない。友人でも、家族でも、隣人でもいい。ただ「気が合う誰かが、そばにいてくれる」ということが、こんなにも人を元気にするのだと教えてくれます。

私も最近、「なんでもない話ができる人」のありがたさをしみじみ感じます。
ランチに行ったり、テレビの感想を送り合ったり、体調のことをちょっと愚痴ったり…。そういう“ささやかなつながり”が、心の栄養になるんですよね。そのおかげで、よくわからない焦燥感から抜け出せたのだと思います。

更年期は終わりではなく、新しい人生の始まり

50代って、変化の連続です。
体のこと、心のこと、人間関係のこと、仕事のこと。迷って、悩んで、自信をなくして…。だけど私は、このドラマとともに、浜崎あゆみさんの新曲「mimosa」を聴いて思いました。

「ひとつだけ昔の自分に かけてあげられるとしたなら どんな言葉にしますか?」

この歌の冒頭のフレーズが胸に刺さったのは、まさに今の私だからかもしれません。
あの頃の自分は、不器用で、無理して、傷つけて傷ついてばかりだった。
でも、その全部が、今の“私らしさ”をつくってくれている。

傷は時間と共に癒えるんじゃなくて、笑顔をどれだけ上書き出来るかじゃないかな」

そう、時間は魔法じゃない。
でも、笑顔の記憶は、過去の痛みを優しく包み込んでくれる。
このフレーズを聞いたとき、私は“私のこれから”も信じていいんだと思えました。

人生の途中で立ち止まることはあっても、それは終わりじゃない。
自分にとって“ちょうどいい速度”で、進んでいけばいい。

人を心の底から信じるだなんて、何かに本気で人生賭けるだなんて、今の時代にまるで合ってないことはさぁ、わかってんだけどそれでもねぇ、やっていくんだよ」

このあゆの歌詞も、千明の姿と重なります。時代に合わないかもしれない。でも、それでもやっていく。そんな泥くさくて、でも美しい生き方が、今の私には眩しくて、でも周りの人たちのおかげで自然とそんな生き方ができてきているような気がする。

私は私。結局ずっと好きなように好きな道を自分の意志で選んで自由に生きてきたし、これからもそうやって生きていくんだと思います。

最後に:千明でも、啓子でも

どちらの生き方もあっていい。
そして、どちらの生き方にも共感できる。
それが“今”を生きる私たち、更年期世代のリアルなんだと思います。

誰かのようにならなきゃいけないわけじゃない。
比べなくていい。私たちは、私たちのペースで、生きていけばいい。

なんだかモヤモヤの中にいるあなた。あなたもあなたのままでいい。そして、あなたは、これからもっと自由に生きていい。

月曜の夜、千明と和平に会える時間が、私にとって“未来を信じるヒント”になっています。同じ世代のあなたにも、このドラマがきっと心に寄り添ってくれるはず・・・。だから私は、毎週月曜の夜、彼女たちの会話に癒され、励まされながら、明日もまた“私として”歩いていこうと思えるのです。

「大人になったからって全てがうまく、いく訳じゃないと知れたから歩いてるんだろう」